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【第1回/芦屋こみねさん】アイドルを自分の言葉でもっと上手に表現したい

 こんにちは、あやや(@)です。ジャニヲタの話がもっと聞きたい、ジャニヲタの心の中にある、愛・思想・信念を聞いて回りたい、そんな欲望から始まった、このジャニヲタへのインタビュー企画。芦屋こみねさん(@)と一緒に進めていく予定です。第1回はお互いの事をまずはインタビューしてみようという事で、こみねさんの話を聞かせて頂きました。

芦屋こみねさん
担当:桐山照史ジャニーズWEST
Twitter:@
ブログ:こみねもすなるだいありー
ask:http://ask.fm/ashiyakomine

――インタビュー企画第1回という事で、今回はこみねさんにインタビューさせて頂きたいと思いますが、まずこみねさんがジャニヲタになるきっかけは何だったんですか?

 母がジャニヲタだったんですよ。「野ブタ。をプロデュース*1出の山下智久くんのファンで、それからNEWSのコンサートに一緒に行ったり、山Pのコンサートに行ったり、CDを買ったりしていて。私はそれについて行く人だったんですよ。おばちゃんだから一人じゃ行けないって言って(笑)、小学生とか中学生とかだった私を連れて行っていたので、第一次ジャニヲタ期っていうと多分その辺りですね。KAT-TUNがデビューしたくらいの頃だったと思います。その頃はティーンエイジャーの女の子として普通にかっこいいなって感じで好きでした。

 その後、高校生になってからは全然興味が無くなり、母親も熱が落ち着き、あまりコンサートには行かなくなったんですよ。あと山下くんがNEWSを脱退したので、NEWSのコンサートには行かなくなってしまって、山下くんのソロコンに行くだけっていうのが続いてて。だから私は頻繁に現場に行く事も無く、その時は二次元のヲタクをやってました。

 何がきっかけで今こっちに戻ってきたかと言うと、知り合いのお姉さんたちが、Sexy Zoneの存在について私に教えてくれて。Sexy Zone中島健人くんを見て「何なんだこいつは…!」と思って、ジャニヲタに舞い戻って来ました。それが2013年のクリスマスくらいですね。知ってたのはもっと前から知ってたんですけど、健人くんに衝撃を受けたのはそのくらいです。アイドル雑誌を買い始めたのが、2013年~2014年になるくらい、そこからまたしっかり追いかけ始めました。

――Sexy Zone中島健人くんが舞い戻るきっかけだったって事ですが、今こみねさんはジャニーズWEST桐山照史くんの担当ですよね。桐山照史くんを担当にしたきっかけとか理由を教えて下さい。

 照史くんを担当にした経緯をブログに書いた事があるんですけど*2、元々桐山くんは関西ジャニーズJr.で活躍してたので、お名前も顔も認識してはいました。でも、母親が桐山くんの事をあんまり好きじゃなかったんですよ(笑)。私が純粋にジャニヲタしてた時に、「ザ・少年倶楽部」を見てお母さんが、桐山くんの事を「顔がうるさい!」とか言ってたので。私すごく身内の意見に影響されるので、特に私のジャニヲタのボスは母だったので尚更(笑)。母が嫌いなら私も嫌いなんだろうって感じで、特に目に入れてなかったんですよ、当時は。

 ジャニーズWESTがデビューしてからも、なんとなくグループは追いかけてたんですけど、桐山くんが特に好きって事は無くて、小瀧くんかっこいい!とか色んな人に沸いてました。「ジャニーズWEST 1stコンサート 一発めぇぇぇぇぇぇぇ!」*3のコンサートが、あまりに楽しそうだったので、その時帰省してたんですけど、帰省の予定を早めて大阪城ホールの公演に行ったんですよ。行ったら、その会場で桐山照史くんが、アンコール辺りで観客のみんなに「何があっても頑張るんやで!」って言ってたんです。その瞬間に、桐山照史くんに落ちました。

――その「何があっても頑張るんやで!」っていう桐山さんの言葉は、こみねさんの中でどんな風に響いたんですか?

 ジャニーズのコンサートに言ってる間は、夢の世界に行きたいとか、浮世の辛い事を忘れたいとか、そんな感じで行ってる人が多いと思うんですよ。その中で、その照史くんが言った「何があっても頑張るんやで、明日から」っていう言葉は、現実の事を思い出させるじゃないですか。「あ~明日からまた辛い仕事がある」とか、「学校行かなきゃ」とか。そういう現実を思い出させる言葉だと思うんですよ。でも現実の世界に私たちを引き戻してくれて、そこで「頑張れ」って言ってくれるアイドルって凄く良いなと思って。夢はいくらでもここで与えてあげるけど、君たちが生きなきゃいけない世界はここじゃないから、だから明日から頑張れって言ってくれてるような気がして。そんな事を言うアイドルが居たんだ、と思ってカルチャーショックで。普通にただかっこいい事をしてれば良いだけのはずなのに。「明日からも頑張れ」って照史くんが言うって事は、照史くんも何があっても頑張るよっていう片棒を担ぐ気持ちがあるって事だから、こっちが現実の世界で頑張る事の片棒を担いでくれるアイドルって凄く良いなと思って、その発言がきっかけで落ちました。

 私はアイドルを見てる時に、現実とのギャップも楽しんでるんですよ。ここに居るのはみんな浮世の人間でそれは変わりないけど、コンサートの会場に居たらずっと夢の世界で。でもアイドルが現実を思い出させる事を言うと、全部崩れちゃうっていうその表裏一体加減もすごい好きで。その間を行き来してくれる照史くんが凄い好きなんです。

――最後にネタばらしされる気持ちよさですね。じゃ、照史くんの好きなところっていうと、そういったちょっとした言葉の使い方ですか?

 それもありますし、あと考え方が好きなのもあります。アイドル雑誌に、色んなアイドルに同じ事を質問して、回答をまとめてるページがあるじゃないですか。そこで「結婚したら亭主関白になりたい?尻に敷かれたい?」っていう質問を色んな人にしてて、照史くんはそれに「絶対亭主関白やし尻に敷かれたい」って言ってたんですよ。おぉ?!みたいな。どっちって訳じゃなくて「仲良くしたい」って言ってたんです。「仲良くしたい」って言葉が凄く良いなと思って、結婚してどうなりたいかって聞かれて「仲良くしたい」って普通の人にはあんまり出て来ないと思うんですよ。そういう言葉の使い方とか、思考回路とかが好きです。あと「完璧な女の子と、ちょっとドジな女の子、どっちが好き?」って質問で、「完璧って何を持って完璧って言うんやろうね」って答えてて。そういうちょっと面倒くさいところも好きですね(笑)。

 あとは普通に歌も上手いし、ダンスも上手いし、喋りも上手いなって思ってて、それだけ能力が揃ってると私は思ってるんですけど、本人はたまに凄く自信無さ気にしてることがあるような気がしていて。寂しがり屋だし、何かあったら俺だけ駄目なんちゃうかとか、俺が出来ひんかったからみんなが困るとか、そういう事を凄く考える人なんですよ。俺のせいでごめんみたいな事を言うので。ナイーブなんですよね。そこが凄い好きですね。ちょっと女の子っぽいんですよ、思考回路が。私の中では、ある意味かわいいお姫様なんですよね、照史くんは。

――こみねさんは短歌を詠まれてるじゃないですか。ジャニヲタで短歌を詠むって人今まで見た事がなかったので、そもそも短歌をジャニーズもしくはアイドルという括りで詠もう思ったきっかけは何だったんですか?

 最初に私がジャニヲタに帰ってきた時に間口になってくれたのが中島健人くんで、最初にアイドルで短歌を詠んだのも中島健人くんなんですが、彼のキャラクター性が凄く短歌向きというか、個人的に短歌に詠み込みやすかったんですよ。あのラブホリなキャラクターが。昔二次元のヲタクだった時から、特定のキャラクターをイメージして短歌を詠むって事をよくやってたんです。健人くんはどちらかというとキャラクターが立ってたので、そのキャラクター性を拠り所にして、わりとスッと短歌が詠めたんです。そこでアイドルでもこういうことが出来るんだと思って。アイドルを自分の言葉でもっと上手に表現したいというか、凝縮して31文字の箱の中にその人を表す要素を詰めて見せたいなと思ったのがきっかけです。

――アイドルを主なテーマにした歌会を、ブログでやられてましたよね。

 さっき言った「私にSexyZoneのことを教えてくれたお姉さんたち」がみんな東京に居て、私がアイドルで短歌を詠んでるって事を知ってて。いつか本とか作ってみたいなーって言ってたのも皆さん知ってたんです。それで私が夏コミに行こうと上京した時に、一緒にご飯を食べたんですけど、そこで「そう言えばネットとかでみんなで短歌を詠む場があったらいいなと思ってて、アイドル短歌とネットって親和性がある気がするからやりたいんですよね」ってぽろっと言ったら、皆さんが「それいいじゃん」って言って下さって。その日の内にそこで初回の構想が練られ、歌会のタイトルがつき、話がとんとん進んで、私はそれに凄くわくわくしちゃって。その日東京のホテルに泊まってたんですけど、すぐにでも記事にしたかったので、ホテルでパソコンを借りて書きました。*4そのぐらい凄く嬉しかったです。

――あれはジャニヲタ界隈でも革命的な、新しいコンテンツが出来たって感じでしたね。

 私がそれをやろうと思ったのは、どちらかと言えば短歌寄りの自分の考えだったですよ。アイドルを楽しむっていうよりかは、短歌を楽しむって方向でその歌会を始めたんですけど、意外とジャニヲタの方々が、そういう短歌とか言葉で何かを表すって事に凄く興味がある方が多くて、「こういう試みがあるのは凄く良い事だと思います」って言って下さる方も居て、意外とみんな自分の好きなアイドルや好きな人を言葉で表現するって事をしたがってるっていうか、そういう機会があったらいいなってみんな思ってるのかなって。徐々に皆さんに短歌を詠んで貰うって方向になっていったんですね。

――では少しジャニーズとは離れる内容かもしれませんが、そもそもこみねさんが短歌に興味を持つきっかけは何だったんですか?

 高校2年生の修学旅行中だったんですけど、あんまりクラスに仲の良い子が居なかったんですよ。仲の良い子は他のクラスに居たので。でもホテルの部屋とかバスはクラス毎に分かれてて。だからクラスのそんなにがっつり仲の良いわけじゃない女の子たちと、旅行中ずっと同じ班で、ホテルの部屋も一緒だったんです。楽しかったんですけど、ちょっと苦痛なところもあって。当時は主張があまり出来なかったので、旅行中は常に私エクストラベッドだったんですよ(笑)。ツインの部屋に1台エクストラベッドが置いてあって、無理やりトリプルの部屋にしてあるっていう部屋に旅行中ずっと泊まってて、基本私がエクストラベッドに寝る羽目になってしまって。それに加えて、ホテルに帰って来た時に、その同室の女の子2人が、どっちも彼氏と電話をし始めちゃうんですよね(笑)。居た堪れなくなって私。身体ギシギシだし、みんな彼氏と電話しちゃってるし、めっちゃ寂しくなっちゃって。その時何か暇でも潰そうと思って、ホテルの売店に行ったら短歌の本があって。「ショートソング」っていう枡野浩一さんの本で、短歌を題材にした青春小説なんですけど。それを見つけて買って、部屋に帰って読み始めたら、もう他の女の子の惚気話が気にならないくらい面白くて。次の日の移動中のバスの中から短歌を詠み始めました。

――そんなある意味ドラマチックなきっかけがあったんですね。

 そうなんです。あの時売店に行かなかったら、たぶん今、短歌詠んでないんですよね。だから当時、私をエクストラベッドに寝かせてくれてありがとうって今は思いますね(笑)。

ショートソング (集英社文庫)

ショートソング (集英社文庫)

――最後に、こみねさんが好きなジャニーズの曲を1曲教えて下さい。

 これ広い話になってしまって、1曲じゃないんですけどいいですか?母が山下智久くんのファンだったって話をしたんですけど、山下智久くんの作詞した曲を過去から順番に聴いていくのが、ドキュメンタリーみたいだなと思っていて、「山下智久くん作詞の曲」が好きです。

 一番最初に彼が作詞した曲は『LOVE SONG』って曲だと思うんです。その曲が凄い未練たらたらの、「1回別れたけど、別れてみてやっと君が本当に大事な人だったんだって気付いたんだ!また僕と寄りを戻してくれ!」みたいな曲なんですけど。『指輪』って曲は、「好きって言いたいけど君の付けてる指輪があるから僕は好きって言えない」っていう曲だったり、そういう何かに阻まれたりとか、好きって言いたいけど言えないとか、結構そういう「未練」がある歌詞を書いてるんですよ。わりと最近の曲だったら『青』っていう曲の作詞をした時は、「自分と付き合ってる彼女が、他の誰かの事好きになっちゃった事に彼氏が気づいてる」みたいなシチュエーションで、「誰かの事 想っている横顔もキレイだったよ」っていうグサッとくる歌詞があったり。本当に失恋の曲ばっかり書いてるんです。なんか山下くんが歌詞を書いた曲は8割くらいそんな曲なんじゃないかって思うぐらいなんですけど(笑)。

 私、基本的に山下くんには凄い作詞の能力があると思ってて。段々それが開花して来てるのが面白いなって思うんですけど、それと同時に彼の恋愛観も、歌詞の中から見えてくるんですよ。その恋愛観も、彼が歳を重ねるごとに少しずつ変わっていっているんだなって私は歌詞から感じて。最終的にここまで来たんだなって思ったのが、『夏のオリオン』の歌詞で。その曲は「彼女が居て、その彼女が夢を語ってて、それを隣でずっと見てて、ずっと守りたいって思ってる」って感じの歌詞なんですけど。その最初は未練がある恋とか、失くなってしまう恋とか、そういうものを書いたり歌ったりしてた山下くんが、「隣にいる子の夢を守ってあげたい」って思う、成長じゃないですけど、そういう風に思えるようになったんだなって事が分かって。私は特に熱烈なファンとかではないのに、凄く感動して。過去の歌詞から順番に見ていくと、本当に人間として成長しているなって事を感じて。山下くんは私の中のジャニーズの一番最初の人みたいなところがあるので、自分が特別ファンだったって訳ではないんですけど、ジャニーズのタレントとしてこういう風に成長出来るんだなって事が、自分の中で一種の完成形として見れたので、この一連の流れが良いなって思います。

――なるほど。ジャニーズのタレントが作詞した曲って、みんな失恋系の曲を歌っている気がして、失恋してる設定にしなきゃいけないのかなって思った事があったんですけど(笑)。

 やっぱり恋にやぶれた青年っていうのを、美しい形として世間が捉えてるってのもあると思うし、何かに傷ついている人の気持ちになる、自分のそういう気持ちを書くっていうのは、どっぷり浸かれるんで書きやすいってところもあるとは思います。逆に誰かの夢を見守ってあげたいとか、そういう優しい気持ちは、本当に作詞者自身がそう思っていなければ、寄り添って書くのが難しいと思うんですよね。だから『夏のオリオン』の歌詞は、多分本心から来て書いた曲なのかなと思って。これがリリースされた時に、山下くんのファンはどう思ったんだろうって事を凄く思って。幸せだろうなって私は思うんですけど。こんな歌詞を書ける人が担当だったら、本当私はアイドルのファンとして死んでもいいなと思うくらい(笑)。そのくらい良いなと思う歌詞ですね。ジャニーズタレントの作詞っていうのが、個人的に研究じゃないですけど、分析したいテーマなので。

――やってみたいですよね、各タレントの作詞論みたいなの読みたい。

 そう、それを凄くやりたくて。なのでちょっと今勉強中というか。でも山下くんは本当に歌詞の中に出てくるキラーワードが私の好みで。一番好きなのは『ゴメンネ ジュリエット』って曲の歌詞なんですが、「互いに愛していたけれど 乗り越えられなかった」っていう歌詞があって。その後に続けて「運命なのかな」って書いてるんですよ。普通運命って言ったら、「出会えた事が運命」とか、「ここで愛し合えた事が運命」とか、プラスの意味で使う人が多いんじゃないかなと思ってたので、マイナスの意味で使ってたのが凄く胸に刺さって。「悲しい運命」の方を上手に綺麗にまとめたなって思ったので、この一節がベストオブ山下智久リリックだなって思います。山下くんの曲は母の影響で聴いてたから、自分の中で解釈が出来てるんですけど、他のジャニーズタレントの歌詞はまだまだ分かってないところがあるので、それはこれから見比べて聴き比べていけたらいいなと思います。

――こみねさん、今回はインタビューに答えて頂きありがとうございました!